salmontiskunの日記

高校卒業まで田舎育ちで、そこそこ世間的に評価の高い都内国立大学および大学院に進学、その後都内IT企業で企画事務担当として働くアラフォーサラリーマンのブログです。特にテーマは決めてませんが、奨学金返済、マインドフルネス、などなど、「精神的、経済的、肉体的に幸せに生きるためには・・・」というテーマでブログを書いていきます。

奨学金を借りることで家族間の不仲の火種が生まれることもある

親との感情的なもつれ、対立

自分は約500万という多額の負債を負いつつも、10年弱で無事完済できた。健康上大きな問題も抱えていない。30代後半にて結婚し、平均以上の世帯年収を得ており、金融資産もそれなりに蓄えられている。世に存在する様々なタイプの恵まれない方々のニュースを聞くにつけ、自分のようなものは決して不満を言ってはいけないと思う。

ただ、客観的にみれば恵まれた人生を送ってきた自分であってしても、多額の奨学金負債が人生の様々な場面でネガティブな影響を及ぼし、今ほど人間的にも成熟していなかった以前は、何か深刻な問題が発生するたびに、両親に対するもって行き所のない恨みを募らせた。「姉は奨学金を借りることなく、自宅外私立大の学費生活費とも全額親負担であったのに、自分にはこんな多額の負債を背負わせるのか」と。両親と言葉を交わす気になれず、1年以上も音信不通となってしまった時期もあった。

今冷静に客観的になると、当時の自分の感情や両親に対する振る舞い(仕打ち)は理不尽だし、とても恥ずかしい。あの時、もう少し自分が大人に振舞えるだけの度量や成熟差があれば・・・・と後悔している。これからは自分にできる限りの部分で両親に償っていきたいと思う。

ただ、自分の当時の過ちを棚に上げるつもりは毛頭ないのは前提として、冷静に当時の状況を鑑みて、私と両親の間が当時ここまでこじれた原因の一端は両親にもあるのは否定できないと思う。

奨学金申請前に・・・・冷静・客観的かつ誠実な親子間の話し合いが必要

私のケースで言うと、大学入学前、奨学金を借りる申請書類を出す際に、母親からは「卒業後は我々がお前に代わって奨学金を返済していくつもりだよ」と言われ、私はそれを信じた。姉の学費は全額親が出したのだから、自分の分の学費も全額出してもらえるのが当然だと思っていた。

ただ、社会人になって10年以上経過した今ならわかるが、この変化が激しい現代において、4、5年後の自分の経済的な状況がどうなっているかなんて誰もわからないし、ましてや年老いていく親が、多額の奨学金を返済する能力を持ち続けられると信じるのは、いささかナイーブすぎる。

親がどういう思いで前述の言葉を私に投げかけたのか。今でもその意図はよくわからないが、できない約束はたとえ口頭であってもすべきではない。と思う。ましてや、奨学金は実質借金であり、子どものその後の人生に大いなる影響を与えるのだから。

私に対して、その場しのぎの楽観シナリオ(≒嘘)を伝えるのではなく、「親として、ここまでは支援できて、ここから先は独力で頑張ってもらわないといけない」というラインを冷静かつ客観的に伝えて欲しかった

「両親の収入上、月額いくらまでなら私の勉学継続を支援してもらえそうか」について、高2、高3の段階で説明してもらっていれば、足りない部分はどう補うかについて、自分で情報収集し、対処法を考えたと思う。また、その結果として奨学金を借りて多額の返済が卒業後に必要になったとしても、納得して負債支払を行ったと思う。

各家庭の経済状況はそれぞれなので、家庭によって子どもの高等教育に投資できる程度は当然のことながら異なる。重要なのは、家庭ごとに経済状況、家計簿、をオープンにし、冷静に現実を見据えた上で楽観論に走らず、家族間で誠実に議論し、現実解に到達する、というプロセスではないだろうか。たとえ「家計から学費は出せず、自分で何とかしないといけない」という結論に至ったとしても、客観的な事実に基づく家族間の誠実な議論は、家族の絆を強くし、子どもの自立心涵養にもつながるのではないだろうか。