過疎化最前線の故郷を東京から慈しみ、懐かしむ
これまで何度か書いてきたが、私の故郷は田舎中の田舎だ。平地が少なく、どの大都市からも物理的に遠いという地理的要因のせいもあり、過疎化のスピードは加速こそすれ、今後緩和に向かいそうなポジティブな兆候は全く見受けられらない。数十年昔、過疎化からの脱却を目的に原発を誘致し、交付金と雇用を獲得しようとする計画もあったようだが、気強力な反対運動もあり頓挫したようだ*1。
私の愛する故郷の思い出の様々なシーン
自分の故郷を憎む人は少なくともマジョリティではないと思うが、私も勿論自分の故郷はこよなく愛している。
室生犀星であったか、「故郷は遠きにありて思ふもの」と詠ったのは。東京での暮らしが長くなり、田舎で過ごした年数を上回ってしまった今、東京のストレスフルな暮らしにつかれた時に思い出すのは、過去の美しい、懐かしい思い出とそれに紐づく故郷の光景だ。
思い出は美化される・・・必要以上に
ここで、私自身、故郷にいた頃はいた頃で様々な問題に直面したし、悩みもつきなかった事実は認めねばなるまい。今思えばそれらの問題や悩みのほとんどは取るに足らないくだらないものであったが、それでも当時はそれなりに精神的に不健康な日々を過ごしていた。
ただ今は当時のつらかった思い出も含め、全て美化されている。
要は人間は、つらかったことや苦しかったことを忘れやくするという形質が遺伝子に埋め込まれているのだろう。過去のつらさや苦しみを思い出して自らを再度苦しめる方向に人を向かわせるのではく、美しい、ポジティブな思い出だけが心の中に残り続けるように。そして、美しい思い出を適宜脳内で再生させ、心身共にリラックスする効果をもたらすように。突然変異で、いつまでも過去の苦しみにさいなまれる遺伝的形質を持った人間は、何となく生存競争に勝ちぬけない気がする。ストレス過多で、心身共に不健康になりそうなので。
愛する故郷が荒廃していく・・・
少し脱線した。上で書いた「分がなぜここまで自分の故郷を愛するか」を分析することが今回の記事の主題ではない。自分が故郷を愛することは前提として、その愛する故郷が今どういう方向に変化していて、その変化を自分はどう受け止めているか、に関してである。書きたいのは。
冒頭にも書いたが、最近、帰る度に故郷のコミュニティの荒廃ぶりに気付くシーンが増えたのだ。
自分の愛する故郷が衰えていく兆候に出会う度に切ない気持ちになるが、その兆候の回数が増えているし、切なく思う気持ちは弱まることは今のところない。その兆候の内容にもよるが、基本的に同じ強さで私の心を締め付ける。この切ない気持ちには、決して馴れることはないと思う。
「自分の故郷が衰え、縮小消滅してしまう」ことにを恐れ、切なく思う気持ちは、自分にとって大事な人間が老い、弱っていく際に感じる「老いへの悼み」に通じるものがあるように思う。というより、故郷であれ人間であれ、ペットの動物であれ・・・なんでも自分にとって大事なものや思い出が、経年変化で衰えていく様を見せつけられ際に感じる切なさ、は普遍的なものかもしれない。私の東京の現在の暮らしにおいて、私の妻含めて周りの多くの人間は東京生まれ東京育ちで、肌感覚で故郷が劣化していくことの私の悲しみを理解してもらえなかったが、このアナロジーを使って私の気持ちを説明すると、少しわかってもらえたようだった。
本題に入る前にかなり長くなってしまった。
次回以降、本論に戻り、自分が出会った兆候の幾つかを列挙し、その詳細を描写するとともに自分がどう感じたかも併せてつづっていきたいと思う。