salmontiskunの日記

高校卒業まで田舎育ちで、そこそこ世間的に評価の高い都内国立大学および大学院に進学、その後都内IT企業で企画事務担当として働くアラフォーサラリーマンのブログです。特にテーマは決めてませんが、奨学金返済、マインドフルネス、などなど、「精神的、経済的、肉体的に幸せに生きるためには・・・」というテーマでブログを書いていきます。

現在奨学金返済に苦しんでいる社会人の皆様へ

少子化人口減の影響で、新卒就職活動は超売手市場ということで、まともな待遇、安定した労務環境が確保された職業に就くのは最近はそれほど難しくないと聞く。しかし、それでも社会的評価の高くない大学出身者であれば、就職活動は依然厳しいものだろうと想像する。当然、一昔前の就職氷河期リーマンショック期に就職活動を行った方であれば、劣悪な職場につくしかなく、転職もうまくいかない、というケースも多いだろうと思う。

もしそのような運の悪い社会人の方々が、奨学金を借りていたりすると、月々の返済の負担が本当に大きな心の重荷になっているであろうと思う。私も実際そうだった。

思いつめないで、命まで取られることは絶対にないのだから

今あらためて、10数年前大学院卒業後に就職し、奨学金返済が始まった際の自分の心境を思い出し*1、現在大変な苦労をされて奨学金を返済されている皆様に心を寄せたい。時に絶望的になってしまう気持ちはよく理解するし、「絶対最後には何らかの形で、その心の重荷は取り除かれるから、最終的には何とかなるから」とエールを送りたい。

あまり声高に言うべきではないかもしれないが、万策尽きてどうしようもなくなった場合に自己破産するのも立派な解決策でなのだと思う。奨学金闇金ではないので、臓器を取られたり、命を取られることは絶対にない。人間息さえしていれば、最後にはどうにかなる。人間はただ、そこに存在するだけで価値があるのだから*2

一人で悩まない、信頼できる人に自分の気持ちを吐き出して

私は昔から本当に自分にとってコンプレックスに思っていることや、重荷に感じていることは周りに打ち明けず、一人で紋々と悩むタイプであった。奨学金の重荷の件についても例外ではなく、特に就職してから数年の一番精神的にきつかった時期は、誰にも打ち明けなかった。何というか、今思い出しても自分は世間知らずだったと思うが、多額の奨学金を借りている自分を周りと比較して「恥ずかしい」と思っている自分がいて、「恥ずかしいことは周囲に打ち明けるべきではない」という思考回路であったと思う。

今過去の自分にアドバイスをするならば、「つらいと思う気持ちはどんどん友人にシェアし、吐き出すべき」と言いたい。これは多くの人が同意する一つの真理だと思うが、自分の悩みやつらさを誰かに告解し、聞いてもらうだけで、心の重荷が軽くなるものだ。恥ずかしがったり、恐れたりする必要はない。

ましてや、日本人平均年収が右肩下がりのこのご時世、奨学金を借りていること自体全く珍しくないのだ。日本学生支援機構の報告によれば、大学生の5割が奨学金を活用して大学に通っているとのこと。

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5割の受給者の中には、給付型奨学金受給者が含まれることを差し引いても、それでも少なく見積もっても3割は貸与型奨学金を借りているであろう。あなたと同様に、返済の重荷を感じている人は、いたるところにいるのだ。

奨学金返済の心の重荷」という同じ悩みをもっていれば、お互い共感もしやすいであろうし、実際的な解決策を教えあうことも可能であろうと思う。

SNSなどでは、返済の自助・共助グループもあるようなので、自分の殻に閉じこもることなく、気持ちを吐き出す場を探し求め、実際に吐き出してほしい。

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*1:私が就職した会社はいわゆる「こてこての純日本企業」で、終身雇用、年功序列が当然とされていて、当然のことながら新人、若手の給料は本当に低く抑えられていた。特に入社数年は手取り10万台という雀の涙のような給料から毎月3万円が自動的に引き落とされている現実に、少し大げさではあるが、絶望のようなものを当初は感じていた。今でもこの純ジャパニーズな社風は変わっておらず、またボーナス支給額も減っている中、若手の苦労は私以上に大きいであろうと思う。

*2:ここ数日メディアを賑わせている新潟の幼女殺人者や、宮崎勉、酒鬼薔薇聖斗のようなサイコパスの人間はもちろん除きます(笑)