salmontiskunの日記

高校卒業まで田舎育ちで、そこそこ世間的に評価の高い都内国立大学および大学院に進学、その後都内IT企業で企画事務担当として働くアラフォーサラリーマンのブログです。特にテーマは決めてませんが、奨学金返済、マインドフルネス、などなど、「精神的、経済的、肉体的に幸せに生きるためには・・・」というテーマでブログを書いていきます。

奨学金を借りることで家族間の不仲の火種が生まれることもある -続き

先日書いた記事の続き少し補足したい。先日述べた通り、高校時代に冷静・客観的かつ誠実な親子間の話し合いをすべきだったあったと強く思うが、加えて、社会人になった直後にもきちんと話し合うべきであったと思う。以前書いた内容の繰り返しになるが、私のケースでは、姉の私立大学進学費用、生活費含めてすべて親が負担したという事実があり、親も「私が高校、大学、大学院で借りた奨学金については親が卒業後に支払うつもりだ」と言ってくれていた。私も、大学院の分はともかく、高校、大学で借りた分くらいは親が負担してくれるであろう、と高をくくっていた。しかし急に卒業後に手のひらを返され、「私がすべて返すべき」ということになった。

社会人になって10数年を経過した今であれば、親の態度が変わった事情にも理解ができる。当初は本当に私の両親も私の代わりに返済してくれるつもりだったのだろうと思う。ただ、単純に事情が変わったのだ。高齢になるにつれ、父の給料も当初想定以上に下がり始めたのかもしれないし、母がパートで収入減少分の埋め合わせをしようにも、体の無理がどんどん効かなくなってきたのかもしれない。また、当時父が単身赴任先で同居していた私の祖母の介護関係の費用も、ずっしりとかさみ始めたのかもしれない。そういう親側の事情を想像すらできず、ただ自分のことだけしか考えられなった自分はただただ未熟であった。恥ずかしく思う。

親しい身内だからこそ、腹を割った誠実なコミュニケーションが必要

自分の振る舞いが正当化されるわけではないことは前提として、ただ当時「状況が〇〇××の通り変わってしまった、結果的に当初言っていたように、奨学金の返済を肩代わりしてあげられなくなった」という事実を、ただただ両親の口から率直に語ってもらいたかった。望みすぎかもしれないが、更に「状況が変わって、若いお前に重い経済的負担をかけることになってしまった、姉は全部親負担だったのにお前にだけ負担をかけて、本当に申し訳ない」という言葉があったら、いくら未熟だった当時の私でも、親の状況に心からの同情を示し、多額の奨学金を自分で支払うことを受け入れたであろうと思う。

親からすれば小さいころから聞き訳がよく、勉強ができた私であれば「言わなくてもわかってくれるだろう、察してくれるだろう」という思いがあったのだろうと思う。だが、それは少々認識が甘い。何せ相手は学校を卒業したてで、お金を稼いで生計を確立した経験がない、未熟者なのだ。

私は私でもっと腹を割って、自分のやりきれない思いや不平等に対する怒りを親にぶつけるべきであった。私は自分で高額の奨学金支払を行うことになった段階から、(少々大げさだが)軽い絶望のようなものを感じ、「親と話し合っても無駄」と鼻から決めつけ、コミュニケーションをシャットアウトしていた。

以上を踏まえ、つらつらと親と私の、私の幼少期以降の歴史を今思い起こしていたのだが・・・・根本的に、私の実家では腹を割った誠実なコミュニケーションを行う、という習慣付けが存在せず、お互い察しあうという、忖度のコミュニケーションが基本であったように思われた。私と両親の間でトラブルや、不都合な事象が発生したとしても、その事象に目をつぶるか、もしくは多少言い合ったとしても根本的に解決しないまま流す、という繰り返しであった気がする。私が小さいときは親が権威主義的に言うことを聞かせるというパターンもあったか・・・。要するに、親子の間で健全なコミュニケーションが存在しないまま育ち、大学院卒業時に私が社会人としての立場を確立、親と社会的に対等な立場になった時に生じた両者の深刻な亀裂を埋められるだけの信頼のパスがなかったのだと思う。

私のケースで言えば両親は二人とも後期高齢者の仲間入りをし、父はアルツハイマーで施設に入居中の身ということもあり、今さら両親とのコミュニケーションを見直す、というのはかなり遅きに失した感があるし、もはやどうでもいい。今後自分に子どもができた場合には、自分の不幸な体験を踏まえ、「あるべき正しいコミュニケーションの姿」はきちんと確立していきたい。