salmontiskunの日記

高校卒業まで田舎育ちで、そこそこ世間的に評価の高い都内国立大学および大学院に進学、その後都内IT企業で企画事務担当として働くアラフォーサラリーマンのブログです。特にテーマは決めてませんが、奨学金返済、マインドフルネス、などなど、「精神的、経済的、肉体的に幸せに生きるためには・・・」というテーマでブログを書いていきます。

私が生まれ育った故郷の情景を今一度思い出してみる -続き

私が生まれ育った故郷の情景を今一度思い出してみる - salmontiskunの日記の続きである。

他の地域と比べればまだ開放的な田舎である

ただ客観的に見て、私の故郷は他の地域と比べて、極端に閉塞的でもな、排他的でもないという事実は明記しておかねば、と思う。私の故郷の名誉にかけて。
日本各地には、私の故郷よりももっと封建的で因習深い地域は未だに数多く残っているようだ。
農家の暗部 まとめは、少し誇張が過ぎるように思うが、それでも農村外から農家に嫁いだ女性たちが、農家のしきたりに合わせられずに苦悩する悲しい体験談は、Yahoo!知恵袋 - みんなの知恵共有サービス発言小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)等のサイトで、「農家の嫁」などのキーワードで検索をかけると普通にヒットする。
少なくとも私の故郷では、舅姑がよそ者の嫁をいびり続けるような家は、まず聞いたことがなかったように思う。「農家の暗部 まとめ」に描かれているような地獄絵図は聞いたことがない。もしそんな話があれば、噂好きの田舎者が黙っておくわけがないし、私の耳に入らないわけはない。また、土地柄もあるのか、離婚が一般的で*1、自分の人生をなげうってまで何かに尽くす、という選択を取る前に、さっさと離婚の選択を取る人が普通な気がする。

もともと私の故郷は、海外線付近まで急峻な山々がせり出し、太平洋との山々の間のわずかな平地に人間が密集しているという地理的に恵まれない地域であった。地元に残っても猫の額のような狭い田畑で農作業をするか、山で林業に携わるかもしくは炭焼きをするか、海で漁師をするか程度の選択肢しかなく、古くから外に出て、貧困から脱出しようとする者が多かったらしい。私の祖父母曰く、小学校を卒業後に京阪神、名古屋、東京などの大都市に働きにでるものはごく普通にいたとのこと。中には太平洋を渡って、アメリカ、オーストラリアに職を探しに行ったものも多くいたようだ*2

海を渡った私の同胞の中には、移住先で骨を埋めた者も多かったようだが、老後はやはり懐かしの故郷に戻って余生を過ごした者も多かった。
結果的に、私の故郷は、田舎で生まれ、田舎で育ち、田舎で死ぬという閉じた世界しか知らない者が大多数を占めることははなく、適度に外部の文化を経験した者が常に流入し続けてきたのだと思う。お陰で極端に閉鎖的でもなく、因習深くなく、またよそ者に対して過度に警戒的にならない文化が醸成されたのだと思う。

前回の記事で述べたが、サラリーマン家庭である私たちを陰で「自分たちとは違うもの」と悪く言うものもそれなりにいたが、それとて陰口に留まる程度で、面と向かって強烈に罵倒されるようなこともなかったし、村八分に至るようなことも考えられなかった。
私の故郷は、田舎といえど、幾分「リベラルな雰囲気がある田舎」でそれなりに余所者でも暮らしやすい土地、と言っていいと思う。

青年会、その他地域の活動に参加することが求められる雰囲気

「リベラルな雰囲気がある田舎」とはいえ、田舎は田舎である。
たとえば田舎によくある青年会、区民会、婦人会、老人会等々。私の故郷でも青年会、区民会への参加は強制ではないにしても、求められるようだ。
なお、私は青年会、区民会の存在を全否定しているわけではない。それぞれそれなりに存在意義もあるのだと思う、詳しくはよく知らないが。長年の惰性で続けている無駄な慣習や活動もあると想像するが、それでもたとえば年一度の祭りの準備、開催などは地域コミュニティへの娯楽の提供とともに、古くから伝わる伝統の継承、という重要な役割を担っていると思う。

・・・それでも、だ。
ここで、私が今東京から故郷に移住して、それらの会に勧誘されることを想像すると・・・確実に気が重いと感じるだろう。私は一人で時間を過ごすのが好きな性質だし、集団行動が得意ではない。地域コミュニティには何等かの形で貢献したいと思うが、できれば青年会に入らないという形態をとりたい。
なので、勧誘を断るという選択肢を取ると思うが*3・・・

  • 地域の同世代の仲間の殆どが入っている会に自分は入っていない
  • 周りが納得できるような合理的な入会拒否の理由が提示できない
  • 自分が入会を断ったという事実が、それなりに周りに広まる

という状況を想像するだけで、気分的に暮らしにくいと思ってしまう。

何というか、都会における趣味のグループ活動やサークル活動とは違う、「重さ」があるように思う。

私の考えすぎかもしれない。私の小中高の同級生で故郷で暮らしている友人の多くは、それなりに田舎暮らしをうまく乗り切っているように見えるし、中には数年前まで都会で暮らしてUターンして暮らしているものもいる。
私は彼らと良好な交友関係を未だ維持しているし、彼らも私の個性と田舎のルールがバッティングし、何らか軋轢を起こしそうなときには力になってくれるとは思う。

それでも、田舎特有の雰囲気に、東京暮らしに慣れた自分が、うまく溶け込めようになるまでは、大変な思いをするだろうと想像するし、その想像は恐らく8割以上の確率で正しい。と思う。

*1:我慢強くない地域性、ということの裏返しかもしれない

*2:以前私の母校の高校の同窓会名簿を見たことがあるが、遥か昔の卒業生にアメリカ在住の方々が多くいたのを知って、感慨深いものがあった。

*3:もちろん、加入が強制されているわけではない